バドミントンとは、コート中央のネットを挟み、ネットで2つに分けられたコートの両側にプレーヤーが立って、
16枚の水鳥の羽でできたシャトルをフロアーに落とさないようにラケットを使って打ち合い、得点を競うスポーツです。
インドネシアやマレーシアの国技で、日本も盛んな国のひとつです。
名前がバトミントンと間違われることが多いですが、正しくはバドミントンです。
シャトルという、半球状のコルクにガチョウなどの羽を接着剤などで、固定した物を打つのが最大の特徴です。
全ての球技の中で打球の初速が最も速いと言われ、
男子トップ選手が全力で打ったスマッシュの初速は、時速320km以上にもなります。
また、打球が相手コートに届くまでに急激に失速するため、初速と終速の差が激しいのも他の球技にはない特徴です。
試合は男女のシングルス、ダブルス、混合ダブルスからなり、
男子シングルス、男女ダブルス、混合ダブルスは15点、女子シングルスは11点を先取した方が勝ちです。
2006年5月のIBFの理事会で、ルールが変わり、21点3ゲームのラリーポイント制の実施が正式に決定されました。
テニスなどのように、サービスで積極的に攻撃することはできません。
競技としてのバドミントンは、特にシングルスで非常に体力を消費するスポーツであり、
サッカーやテニスなどと比べても、体力の消費の面ではほとんど遜色がありません。
特に、女子シングルスの1試合で消費するエネルギーは、マラソンに次ぐと言われています。
一方でレクリエーションとしては、それほど体力を消費せずに楽しむことが可能で、
年齢、性別を問わず一般に広く行われています。
また生涯スポーツとしても人気が高いです。
競技のバドミントンは、一般のイメージとは裏腹にハードなスポーツであるため、
アキレス腱断裂など、怪我の発生率が比較的高いスポーツでもあります。
最も有力とされている説は、1820年代にインドのプーナで行なわれていた、
プーナという皮でできた球をネット越しにラケットで打ち合う遊びを当時イギリスの植民地であった、
イギリス人兵士が1873年に本国に伝えたのが始まりとされます。
兵士は、プーナを紹介するためにシャンパンの栓に鳥の羽根を刺したものを使い、
それをテニスラケットで打って見せたといいます。
プーナを伝えたのが、イギリスのグロスターシアのバドミントン荘という邸宅であったため、
バドミントンという名称がつきました。
ただ、これはあくまで有力な説の一つであり、最新の歴史研究ではバドミントンの歴史がさらに明らかになりつつあります。
また、イギリスにはバドルドーアンドシャトルコックという、
シャトルコックに似た球を打ち合う遊びがプーナ伝来よりも遥かに昔から伝わっています。
その競技の性質や、名前などからバドルドーアンドシャトルコックが、
次第にバドミントンへと変化していったという説もあります。
初期のバドミントンはバドミントン・バドルドアと称していることも、この説を裏づけるひとつとなっています。
そして、1860〜1870年代ごろに誕生したバドミントンは、次第にイギリス中に普及していきました。
その後、1893年、ルール統一の必要性から、イギリスにバドミントン協会が誕生し、
プレーする人数や、コートの広さ、マッチまでの得点などがまちまちであった状況から、これ以後、段々とルールの統一が進んでいきます。
そのころまでには、バドミントンはマイナーではあるもののある程度普及しました。
当時のバドミントンは、バックバウンダリーラインから、ネットに向けて狭くなっていく形でした。
これは、バドミントン荘がそのような形状であったからという説があります。
1899年にはロンドンで第一回全英選手権が行われ、1921年にカナダ、1930年にデンマーク、
オランダ、フランスにバドミントン協会が設立され、そして1934年に国際バドミントン連盟が誕生しました。
日本でのバドミントンのはじまりは、1921年、横浜YMCAの広田兼敏氏に、横浜Y.M.C.A.の名誉主事で、
アメリカ人のスネード氏から用具一式が寄贈されたこととされています。
広田氏はその後、在日欧米人よりバドミントンについて学び、
1933年に横浜YMCAの体育活動にバドミントンを取り入れ、1937年にはバドミントンクラブを設置しました。
その後、第二次世界大戦のために普及活動は停滞しますが、1946年、終戦後早々と各地のYMCAなどのクラブチームはバドミントンを再開しました。
同年、11月2日、日本バドミントン協会が設立され、1948年、第1回全日本総合バドミントン選手権大会開催、日本体育協会に参加。
1949年、第四回国民体育大会の競技種目となり、1950年、第一回全日本学生バドミントン選手権開催、
1951年、第1回全国高等学校体育大会バドミントン競技大会開催、第1回実業団バドミントン選手権開催、
1952年、国際バドミントン連盟加盟と、急速にバドミントンは普及しました。