2017/11/27 見る人の存在 バドミントンと3つの柱

土日の練習の時に、12月に行うクリスマス会の打合せを保護者の方々としてきました。久々に、大人数の保護者が体育館に訪れ、子供たちの練習をみてくれた事もあり、練習中、練習後の子供たちの雰囲気がいつも以上に元気でした。

スポーツは、「行う人」、「支える人」、そして「見る人」の3つが揃って初めて、予算の取れる競技として成り立ちます。選手(行う人)やスタッフ(支える人)、保護者(見る人)それぞれがそれぞれの立場を自覚して、過干渉する事無く刺激を与える関係性を保てればまだまだクラブは成長していくでしょう。

クラブによっては見る人を制限するクラブもありますが、見る人が減れば確実に衰退するのがスポーツ界の道理です。選手を育てるのと同じように、バドミントン界を育てる事も意識したいものです。バドミントン界にも不祥事がありましたが「見られている」という意識が育っていなかったのかもしれません。行っている人と支える人だけの世界にどっぷり浸っていると、どうしても外の目は意識しにくくなるものです。バリバリの体育会系の場合はそこが注意点です。

多くの人に見てもらう。触れてもらう。選手のバドミントンの練習にはなりませんが、人を育てる。環境を育てる。こういう面では、とても大切なものだと思います。見られない世界に閉じこもっていては人間力も決して育ちません。

うちのクラブでも一時、見る人が激減し、選手もスタッフも含め練習の空気が悪かったのですが、今はまた元に戻ってきてくれました。夜練にはあまり来ることが無かったスタッフの方も見に来てくれるようにもなりました。雨降って地固まると言ったところでしょうか。

見る人は体を循環する空気であり水のようなものです。空気や水が澱めば問題が必ず起きます。ドロドロ血な状態ですと、普段なら修復可能なものでも修復できずに悪性となります。子供たちは見て欲しい。聞いて欲しい。それをしっかり受け入れるためには「見ないと出来ない」事が実に多いのです。子供たちは多少の脚色をして報告するものです。見られている意識が育っていれば、脚色は脚色でおさまり、大きな悪性の嘘へと発展することはありません。

今後もこのままスタッフも保護者も見る側の人間であり続けて欲しいなと思います。見る人を育て増やしていく。バドミントン界がより発展するためには必要不可欠なものだと思います。子供たちはその中で、いままで以上に、元気一杯に、がんばれるのですから。

バドミントン旅行が出来る宿